第1章:アルピーユとプロヴァンス

『ローヌ(川)とデュランス(川)の間、アルピーユはその白い岩肌を広げている。そこではいつも、地の果て遠くから、その風が渦巻き、その岩壁を削っているのだ。
アーモンドの木は精一杯の形相で空にいどみ、そのねじ曲げられた枝に、いつしか花々は咲き誇るのだろう。オリーヴの木は銀色に光る小さな葉っぱをきらきらさせ、いっぽう陽がしずんだあとは、毎夜糸杉がその台地に福音をもたらす。
レボーのアルピーユ、オルゴンのアルピーユ、エギエールの、それからエガリエールの!ゆるぎない、威信をたたえた、岩々と廃墟の静寂の中に気高くあるアルピーユ、プロヴァンスの魂よ!』
Maurice Pezet [モリス プゼ] 


歴史の地
アルル~古代ローマ、サンレミ~古代ローマ都市グラヌム、古きプロヴァンスの珠玉、レ・ボーとダンテの地獄谷、フォンヴィエイユとドーデの風車小屋、モンマジュール~プロバンス地方最大級のロマネスク様式のベネディクト派修道院(跡)、タラスコン~怪物タラスクとドーデにの英雄タルタラン物語・・・
それらの名前に共通するのは、伝説と歴史、伝統と美食が彩る道。それらは、アルピーユの光り輝く道・・・
アルピーユの近くには著名な都市も多いのです。法王の街アヴィニョン、どこかイタリアの香りもするようなエクサンプロヴァンス、プロヴァンスの港町マルティーグ、古代ギリシャ都市フォカエアの植民都市であったマルセイユ。
そして、美しきカマルグへの道、エグモルトやサントマリードゥラメールへと続く道。その先は古代ローマの円形闘技場で有名なニームへと道は続きます。

色彩の地
プロヴァンスは、まばゆいばかりの光と、プロヴァンスブルーと呼ばれる空の青、幾百の緑、自然のままにあるオークルなど、多くの画家たちを魅了した地でもあります。
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、7月のアルル・フォローム広場で「夜のカフェテラス」を、サンレミでは「糸杉のある麦畑」を描いています。
ポール・ゴーギャン、ポール・シニャックは、プロヴァンスでも作品を残しています。南仏の闘技場にも通ったであろう闘牛好きで知られるピカソは、今も私たちに闘牛のすばらしいデッサンを残しています。水浴をテーマに数々の作品を残したセザンヌ、彼は「アヴィニョンの女たち」を描きました。ジャ・ド・ブッファンと呼ばれたエクサンプロヴァンス郊外の広大な屋敷からのサント・ヴィクトワール山はセザンヌ生涯の課題でした。レ・ボー・ド・プロヴァンスでは、「イメージのカテドラル」の壮大な空間で、ジャン・コクトー「黒いオルフェ」を映像化しました。
そして、ラウル・デュフィはマルセイユ近くのレスタックに滞在し、オート・プロヴァンスのフォルカルキエでその生涯を終えました。水彩画家であり装飾家であったイヴ・ブレイエはレ・ボーに居を構え、ポルスレ邸の改修を手がけ、現在ポルスレ小聖堂はブレイエ美術館となっています。
プロヴァンスは、そんな彼らの、またそれ以外にも多くの、有名無名の芸術家の日々であふれ、私たちは今日でもその恩恵にあずかれるのです。

                  以上、「ラ・リズレット」仏語ページより    
訳:LEROI東出康江(ラ・リズレット・ジャポン)